下戸次の家は大正の終わりから昭和の初めにかけて作られた家です。 今のような便利さはありませんでしたが、そのころの日本には本来の日本らしさが残っていました。
私たちは便利さを手に入れた代わりに、本来の豊かさを忘れてしまった気がします。 今になって本来の日本的豊かさに立ち戻りたいと皆が思うようになりました。 下戸次の家は当時の人には懐かしく、今の人には新鮮に映る事でしょう。
大正から昭和にかけて、日本の建築は豊かさにおいてピークに達した感があります。 それは一般の木造住宅も同じで、農村や町中を問わず、名もなき市井の人たちが普通に暮らす住宅も、意匠という豊かさにあふれていました。
さて、今回の下戸次の家に視線を移してみましょう。二部屋の八畳と六畳の間が襖だけで隔てられ、一間の床の間と一間の仏間をしつらえてあります。普段は襖で区切られた小部屋が襖の開閉だけで大広間に変身した様子が伺えます。法事やお祭りの時などのハレの日にはここに大勢の人たちが集ったことでしょう。 屋根裏には大きな丸太のような太い梁があり、踏み天井は長い年月で黒く堅く締まっています。昔はこの屋根裏部屋でカイコを飼っていた家が多いと聞きました。 一階の床下には計4ヶ所の囲炉裏の跡がありました。床暖房というか、掘りごたつとして使っていたのでしょうね。冬は寒かったようです。 もちろん、長い年月の間に何度かの改装や増築をしたのでしょう。その痕跡がうかがえました。
私たちがまず最初に考えたことは、この家を一番最初の姿に戻すことでした。増築された部分を減築し、当時の棟梁や主人が考えた家の構造に近づけることです。 そしてこの家の元々の魅力を残すこと。これだけの年月を持ちこたえた家ですから、どこかに必ず物語(ストーリー)が隠されているはずです。 古民家をリノベーションするという作業はどこか「宝探し」に似ています。 先人が込めた想いを見つけ出し、現代の暮らしに「変換」することです。
できるだけ引き込み戸を多用し、開放的な空間を作ること。ダイニングに続くようにウッドデッキを配し、外との連続性を作ること。和風ではなく日本的な意匠・・・。 広い土間に腰掛けられるように、家のどこにいてもくつろげるように。
こうやって考えたプランからは、あるひとつのテーマが浮かび上がってきました。 畳に座る。ウッドデッキに腰掛ける。ソファにくつろぎ、ダイニングで食卓を囲む。土間に腰掛けて近所の方とおしゃべりをする。 「座る、腰掛ける」といった日常的な所作が、新しいこの家では生き生きとして立ち上がってくることでしょう。日々の暮らしが気持ちよく、凜として、くつろげる家になるのではないか。古民家が現代に蘇るとしたら、今の私たちが感じる気持ち良さと、先人が残した正しい姿勢との両方を内包した形になっていくのではないでしょうか。